2017-04-25 第193回国会 衆議院 安全保障委員会 第7号
ミサイルが飛んで、富山ですから、能登沖に落ちたという話になると、やはり、えっ、もう本当に目の前なんだなというふうには思うわけです。
ミサイルが飛んで、富山ですから、能登沖に落ちたという話になると、やはり、えっ、もう本当に目の前なんだなというふうには思うわけです。
海上自衛隊の特殊部隊をつくったうちの一人であります伊藤祐靖さんですかね、この方が、初めて能登沖で北朝鮮の不審船に対して野呂田防衛庁長官が海上警備行動を発令したと、そして、その不審船が止まったために、護衛艦「みょうこう」の航海長であったこの伊藤さんが中心になって、相手の船に乗り移って検査をする立入検査、これを隊員を選別したんですが、彼らは初めてのことで非常に戸惑った様子、しかし、国のために行動するという
その後、繰り返して申しますけれども、能登沖でも北朝鮮の不審船が見つかって、状況からいって、当時いなくなった数人の日本人の拉致被害者がその船に収容されていることはほとんど状況的に自明だったのに、出動した海上自衛隊あるいは海上保安庁が、艦船の能力からいってその快速船に追いつくことができずに、それを強引に拿捕することも撃沈することもできずに、結果としては、邦人というのは救出することができなかった。
また、近年においても、これはもう皆さん記憶にまだ新しいと思いますが、昭和五十八年の日本海中部地震、平成五年の北海道南西沖地震、これは奥尻島のあれですが、それから十九年の能登沖、あるいは新潟県中越沖地震等々、頻繁に最近も、近年も起きているところであります。
そのことを申し上げさせていただいて、また、本当に済みません、松原副大臣には今日は能登沖の不審船の問題のことを聞こうと思っていました。済みません、この任命問題じゃありません。 先ほども有田委員からもありましたのは、脱北者を通じての情報をいかに取るかが重要となっているんですが、いわゆる海保と拉致本部との連携関係がちゃんといっているのかと。
同時に、ほとんどの訓練空域は輪島沖、能登沖になっておるじゃありませんか。そう考えると、能登空港の活用という選択肢については、むしろこの機会だからこそ、政治的にではなく、航空自衛隊の置かれている役割、我が国の空の防衛の要諦としての小松基地の役割を考えると、選択肢として考える必要もあるのではないですかということで私はきょう申し上げました。
これまでだって能登沖あるいは南西沖のときはビデオ出したじゃないですか。しかも、今までも船が接舷して海上保安官が乗り込んでいるという場面だって公開したことがあったんですよ。海上保安庁の保安官が命懸けでやっている、その正当性をやっぱり大臣、何とかしないといけない。もう国民は分かっていますよ。皆さんの現場への押し付け、隠ぺい体質、絶対これはいけないと思います。
さらに、その前の能登沖のときもそうだったんですけれども、北朝鮮の不審船は足が速かった。そういう部分では、かなり高速の巡視船、巡視艇というのが必要になってくる。海上保安庁の装備というのはかなり古いのがあって、ようやく計画的に更新をしながらやり始めている。 これはちょっと大臣にお伺いしたいんですけれども、海上保安庁の予算というのが千八百億前後。ことし、イージス艦が事故を起こしました。
○佐藤政府参考人 志賀原子力発電所一号機におきましては、能登沖地震により、使用済み燃料を貯蔵いたしますプールの水面が揺れ、放射性物質を含むプールの水、約四十五リットルがプール周辺に飛散いたしました。
先般、三月二十五日に能登沖地震が発生をし、被災者の皆さんには、私の立場からも心からお見舞いを申し上げたいと思います。 自身の経験と、能登沖地震で二度ほど現地に入らせていただきました。特に市町村の職員が、大災害が発生したときに、派遣要請のやり方、支援法そのものあるいは災害救助法など制度の仕組み、あるいは多く駆けつけてくれるボランティアの皆さんを仕切ることができない。
今回、気象庁では、能登沖で発生した今回の地震で地震の初期微動を観測し、その後、大きな揺れが到達するのを知らせる緊急地震速報を出されました。震源地近くでは、揺れまでの速報が間に合わない直下型地震特有の弱点が浮き彫りになった、また極めて短時間の猶予しかない地域が多かったとの指摘もございますが、その内容はほぼ正確であったとのことであります。
志賀原子力発電所一号機におきまして、能登沖地震により、使用済み燃料を貯蔵するプールの水面が揺られまして、放射性物質を含むプール水約四十五リットルがプール周辺に飛散をいたしました。このときのプール水は、表面から四十センチメートルのところまで十分満たされておった状態でございました。
そこで、志賀原発訴訟の判決の中では、御承知のように、マグニチュード七・六の地震が起こり得る邑知潟断層帯による地震を想定していないということを指摘しておりますが、一方、今回のマグニチュード六・九の能登沖地震では、沿岸の海底活断層で発生した可能性が高いということが指摘されております。つまり、陸地の活断層だけじゃなくて海底活断層ですね。
○国務大臣(冬柴鐵三君) 気象庁というのが私の方のまた所管でございますから、九時五十分、気象庁から連絡がありまして、能登沖で震度六、マグニチュード七という、六強、マグニチュード七という地震が発生したということで、私は当日、海上保安大学校の卒業式に呉へ行っておりました。
○政府参考人(石川裕己君) 北朝鮮の工作船につきましては、御案内のとおり、平成十一年に能登沖で、言わば停船させることができませんでした。平成十三年には九州南西沖事案で、工作船を停船させ、その後、自爆、沈没をして工作船の実態を明らかにすることができたわけでございます。私どもは、このような中で更に工作船への対応、能力というものを強化するために必要な装備の充実を図ってきております。
○武正委員 お手元に理事会のお許しを得て資料を配付させていただいておりますが、二ページに、これは平成十一年三月二十三日の能登沖の不審船における海上警備行動の発令について、このような形で官報に告示をされております。ちょっとちっちゃい字で見づらいんですが、この官報の一番左上に出ておるんですね。
一方、平成十一年三月二十三日、先ほど触れた能登沖の不審船の海上警備行動は官報に載っております。 この違いがどこにあるかというのが、この資料の一ページの閣議決定だという御説明なんですね。
これは、九九年の能登沖の不審船のとき、あれは漁船に改造された北朝鮮の工作船だったわけですけれども、物すごいスピードでどんどん逃げていったわけですよね。時速七十キロぐらいのスピードで、普通の、海上保安庁の船で追いかけられない。それで、海上警備行動が発令されて、海上自衛隊が追っかけたけれども、どんどんどんどん引き離されていった。
朝鮮半島情勢についてはここでるる申し上げることもないと思いますが、核兵器開発疑惑というのが九三年、九四年にあり、テポドンの発射が九八年にあり、能登沖の不審船が九九年にあり、奄美沖不審船が〇一年にあるというふうな流れで来ております。
過去、私は何度か判断の間違いがあると思っていまして、例えば十一年の能登沖の事案に関しては、これは、発見をしたのは海上自衛隊で、海上保安庁に連絡をして、追いつかなかったので最後に海上自衛隊が出てきて、逃げられちゃいました。その後の十三年の九州の沖であった不審船の事案については、海上保安庁が行ったんだけれども、銃撃戦になって、そして海上警備行動は発令をされなかった。
それから、地域的な特性につきましては、九州の不審船は別としまして、この地域は能登沖不審船、あれは平成十一年三月でございましたが、その不審船の事案、それから他国兵士の漂流遺体、漂流、海岸へ漂流しましたね、そういう問題。又は、先ほど公述人が言われましたように、原発の集中。
○広野ただし君 これは平成十一年に起こった能登沖の、これは不審船が逃げちゃったんですね。その反省を踏まえて、海上保安庁と海上自衛隊が共同行動を取るという、それをやっているわけですね。また、実際、共同訓練もやっているんですね。しかも、先ほど言っていますのは領海をもう既に入ってきているんですよ。そういうことに対してなおそんな悠長なことを言っていましたら、どんなに有事法制ができてもこれは全然守れない。